見る 大胆なタッチで光を与える コローの傑作・読書する少女

 大胆なタッチで光を与える コローの傑作・読書する少女  
 地下鉄4号線サン・ジェルマン・デ・プレ駅徒歩10分 2019年5月6日(月)見る
 59-61Rue de Grenelle, パリ、フランス
 マイヨール美術館
 入館料13ユーロ


DSC01200.JPG
〈 読書する少女 カミーユ・コロー 1850年 上半身の光は見事です 19.5.6撮影 〉

 この作品は、うつむき加減に一心に読書をする少女を写実的に描いた傑作です。赤い服が浮き上がりますが、ブラウスや少女の顔なども大胆なタッチで光を授けています。風景画が多いが人物画には真珠の女、青い服の婦人など豊満な女性画に傑作が多いです。



DSC01236.JPG
〈 訪問者 エドゥアール・ヴュイヤール 1900年 元気なく訪ねました 〉

 エドゥアール・ヴュイヤールは、1868年フランス生まれの画家です。パリでモーリス・ドニ、ピエール・ボナールらと知り合い前衛集団・ナビ派の1人に数えられます。



DSC01239.JPG
〈 ボードビルショーマジシャン エドゥアール・ヴュイヤール 1895年 赤服が飛び出します 〉

 平面的、装飾的傾向が顕著で、室内情景など身近な題材を好んで描きました。日本美術に影響を受け、日本風と西洋を融合した屏風絵なども描き、生涯独身で温厚な人柄で72歳で亡くなりました。



DSC01241.JPG
〈 楽しいフェア ラウル・デュフィ 1906年 太い輪郭線が力強いです 〉

 ラウル・デュフィは、1877年フランス生まれの野獣派の画家です。陽気な透明感のある色彩と、リズム感のある線描で色彩の魔術師と呼ばれました。



DSC01243.JPG
〈 昼食会 ピエールボナール 1899年 ゴテゴテで平面的な不思議な絵です 〉

 ピエールボナールは、ナビ派の画家。19世紀後半に流行したジャポニスムの影響をもっとも受け、日本かぶれのナビと呼ばれたほどです。平面的で装飾的な構図、主要なモチーフが両端で切れる構図、掛け軸のような極端に長い絵は、日本美術の影響と見られています。



DSC01284.JPG
〈 サン・マメスのはしけ アルフレッド・シスレ- 1885年 川面が光ります 〉

 この作品は、シスレ-が41歳のとき家族と一緒にフランス北中部の村に移住し、近くのセーヌ川とロワン川の合流点付近の季節ごとの水の景色を描きました。シスレ-にとって、土地や水、空の関係や周囲の光の変化がサン・マメスの橋や川岸、波止場など一連の作品になりました。



DSC01288.JPG
〈 ブージヴァルの夏 シスレ- 1876年 はしけが雲に向かうような輝きです 〉

 シスレ-は、貿易商を父に持つ裕福な家庭に生まれたが、普仏戦争で父が破産した後は、生涯困窮しました。900点近い絵の大部分はパリ周辺の穏やかな風景画でした。



DSC01293.JPG
〈 サンマルコ盆地 フランチェスコグアルディ 1785年 空の妖しさが対照的です
 この作品は、右側にヴェニスのドゥカーレ宮殿が描かれています。運河に10000隻もの船が航行しています。 〉

<評価60クラス>
 カミーユ・コローは、1796年パリ生まれのバルビゾン派の写実主義の画家です。26歳で画家としてスタートし、風景画の第一人者のベルタンに師事しました。イタリアに旅行に出掛け、風景画には色彩感覚や構図に近代性を多く見せて後世の印象派などに影響を与えました。風景画は神話や歴史物語の風景ではなく、近郊の風景を光の明るさや大胆なタッチで近代性を先取りしました。人物画は著名人は描かないで、モデルの婦人を描きました。生涯独身で78歳で病気で亡くなりました。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント