見る 愛の画家シャガール 求愛をテーマに愛情の極地を描いたおんどり

 愛の画家シャガール 求愛をテーマに愛情の極地を描いたおんどり
 マドリード地下鉄2号線ソル駅徒歩6分 2016年5月9日(月)見る
 国立ティッセン・ボルネミッサ美術館
 Paseo del Prado,8 2814、マドリード、スペイン
 入館料10ユーロ
 

DSC08381.JPG
〈 おんどり マルクシャガール 1928年 女性の愛情の極地です 16.5.9撮影 〉

 この作品は、求愛をテーマに動物の雄鶏を借りて、思いっきり抱きしめたい現実の女性の愛情を表しています。ロシアからパリに戻り、愛のテーマを描き始め初期の作品です。



DSC08383.JPG
〈 村のマドンナ シャガール 1940年 皆んな羽で楽しく飛びます 〉

 この作品は、シャガールの特徴のファンタジーの世界です。ユダヤ人虐殺時代の中で、自分もユダヤ系であったシャガールはアメリカに逃れ、宗教的な絵としてバイオリンを弾く空飛ぶ牛とトラッペットを吹く天使らに囲まれて子供を腕に抱いたマドンナを描いています。



DSC08385.JPG
〈 灰色の家 シャガール 1917年 悲しみの家と幻想的な空です 〉

 この作品は、第一次世界大戦中に彼の故郷で描いた絵。有名なアサンプション大聖堂のある旧市街と手前の木造住宅が揺れています。左下のシャガールの自画像かも知れない人物が胸に手を当て嘆いています。



DSC08387.JPG
〈 ヌード シャガール 1913年 忍者が身を隠すようです 〉

 この作品は、パリに始めて住んだ時の作品。裸の男性の身体の幾何学と体位はキュービズムに近づき、鮮やかな色はパリに感化されたことを示しています。



DSC08347.JPG
〈 ボトルとフルーツ皿 フアン・グリス 1919年 分割されて何かわかりません 〉

 フアン・グリスは、1927年スペイン・マドリード生まれのキュビズムの画家。パリに出てピカソとブラックのアトリエの近くに住み、大きな影響を受けました。



DSC08349.JPG
〈 マシンドリル フランティセック・クプカ 1928年 メカニカルな幾何学です 〉

 フランティセック・クプカは、1871年チェコスロバキア生まれの抽象画の画家。幻想的な具象絵画から、キュビスムの影響を受けて抽象化が進み、次第に幾何学的傾向が強まっていきました。



DSC08351.JPG
〈 業種の言語に関する研究 クプカ 1911年 垂直の赤が効果的です 〉

 この作品は、水平の菱形を中断させる赤の垂直シーケンスは、織物のパターンを連想させます。



DSC08353.JPG
〈 同時コントラスト ソニアドローネ 1913年 色とタッチが見事です 〉

 ソニアドローネは、1885年ウクライナ生まれのロシア人女性画家。パリに出てロベール・ドローネーと結婚。ロベールは抽象画家となり、ソニアは夫唱婦随で、夫の抽象理論に貢献し、自身も画家、テキスタイル・デザイナー、服飾デザイナーとして大活躍し94歳まで活動しました。

<評価 70クラス>
マルク・シャガールは、1887年ロシア生まれのフランス画家。主にパリで活躍くしたが東欧系ユダヤ人のためナチスの迫害を避けてアメリカへ亡命。28歳で結婚した妻ベラを敬愛し、ベラへの愛や結婚をテーマにした作品を多く製作していることから愛の画家と呼ばれました。53歳の時妻は亡くなり、61歳で再婚した。 シュルレアリスムに共感を持てず、特にピカソに対して辛口でした。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント