見る 激しい色遣いで内面を表現したフィンセント・ファン・ゴッホ

 激しい色遣いで内面を表現したフィンセント・ファン・ゴッホ
 地下鉄4号線サン・ジェルマン・デ・プレ駅徒歩10分 2019年5月6日(月)見る
 59-61Rue de Grenelle, パリ、フランス
 マイヨール美術館
 入館料13ユーロ


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〈 ゴッホ 自画像  1887年 自画像で激しい色遣いを試します 19.5.6撮影 〉

 ヴィンセント・ファン・ゴッホはオランダの画家ですが、主要作品のほとんどは1886年以降のフランスに住んでいた時代です。特にアルルの女を描いたアルル時代(1888年 - 1889年)とサン=レミでの療養時代(1889年 - 1890年)の約2年間で製作されました。



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〈 ゴッホ 自画像 右耳をカットしたので左耳側しか自画像はありません 〉

 ゴッホは、自画像を数十描いたことが知られており、他の画家もゴッホをたくさん描きました。ゴッホにとって、自画像は重要なもので、この作品の1888年の頃は、次第に顔や周囲に筋のような大胆な色遣いが見えます。



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〈 アニエール橋 ゴッホ 1887年 赤い傘の女は何を見ているのか? 〉

 この作品は、パリにいる時に描かれもので、パリの風景や花を描き始めました。カフェの女経営者に求婚して断られました。



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〈 花咲くマロニエの枝 ゴッホ 1890年 花があふれています 〉

 この作品は、最晩年の作品で、緑に包まれたパリ近郊のオーヴェール=シュル=オワーズの村で描かれました。ゴッホは花を愛し、マロニエのほか、有名なひまわり、アイリス、夾竹桃があります。



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〈 種まく人 ゴッホ 1888年 大きな太陽ですべてが照らされます 〉

 この作品は、ミレーの種まく人(1850年)と似た構図です。ゴッホはミレーの版画を持っており、手紙の中でミレーの作品には、色彩が足りないと書いています。



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〈 ヌエネンの古い教会の塔 ゴッホ 1884年 この頃の絵は暗いです 〉

 ゴッホはオランダの北ブラバント州のヌエネン市に住んでいました。 教会が1世紀前に崩壊したとき、塔はまだ立っていましたが、この絵の時点で取り壊されていました。彼は老朽化した教会の塔を、宗教のはかない性質の象徴として見ました。


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〈 白い帽子の農婦の顔 ゴッホ 1885年 横顔の強い意志を感じます 〉

 この作品は、1885年3月に続けて描いた5枚のうちの一つです。ゴッホの絵は絵の題名は付けられていないので、過去の経緯、場所や時期、対象から定められます。



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〈 エドゥアール・マネ トイレ 1881年 恥じらいの後ろ見です 〉

<評価 95クラス>
 ファン・ゴッホは、パリのプロヴァンス通りにある店で多くの日本版画を買い集めていました。有名な1887年の帽子と青い上着の「タンギー爺さん」では背景の壁にいくつもの浮世絵を描き込んでいるほか、歌川広重の「名所江戸百景」「亀戸梅屋舗」などを模写しています。

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