見る 海洋風景画家のマキシム・モーフラが描く ナントのピルミル橋

 海洋風景画家のマキシム・モーフラが描く ナントのピルミル橋
 ロワール県・ナント駅徒歩8分 2017年9月13日(木)見る
 4 Place Marc Elder, ナント、フランス
 ブルターニュ大公城
 ナント歴史博物館内
 入館料8ユーロ


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《 ピルミル橋 マキシム・モーフラ 1887年 波が巧み 17.9.13撮影 》

 この作品は、海洋の風景画を多く描いたモーフラが、ナント島の南のロワール川を横断して南側渡る貴重なピルミニ橋を描いています。



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《 ブルターニュのアンの中心部の箱 作者不明 1514年 打刻です 》

 この作品は、ブルターニュ公爵夫人・女王アンを収容するために作られた金細工の箱です。



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《 デレッツ枢機卿 作者不明 17世紀 ポーズをとりハモニカを持つ 》

 この作品は、初代のパリの枢機卿デレッツで、1643年にルイ13世の死を契機に司祭に任命されました。



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《 ブルターニュのタペストリー ロバート・ペイン 1586年 仏の白が弱いです 》

 この作品は、ブルターニュ公国がフランス王国が結びついたことを記念し、公国の紋章と王国の紋章を交互につないだタペストリーです。



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《 ナントの模型 13~16世紀 網目状に運河がありました 》

 この作品は、15世紀のナントの最初の黄金時代と考えられます。 ナントは、 ブルネフからの塩、ワイン、織物、麻を輸出しました。



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《  ギルボールト 政府の紋章の彫刻 2000年 高貴な鳥の形でしょう 》

 ナントでは、造船が盛んだったため、鋳造技術は古くから進んでいました。



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《 鋳型を生かした船のモデルシップとランタンと推定されます 》

 17世紀から18世紀まで、造船業の一大中心地でした。港の閉鎖とともに終わりましたが、造船で培った金属加工の技術は、マシーンマンドリルにも生かされています。



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《 ブルターニュ地方の図 ピエールデュバル 1689年 銅板筆彩です 》

  この作品のピエールデュバルは、フランスの王室地理学者です。

<評価 55クラス>
 マキシム・モーフラは、1861年ナント生まれのポスト印象派の画家、 彫刻家、石版作家です。ポール・ゴーギャンの影響を受けました。初期に風景画を学んだ後に、パリに行きモンマルトルのアパートに住み、その後、そのアパートに有名画家のパブロ・ピカソ、ジョルジュ・ブラック、アメデオ・モディリアーニ、ギヨーム・アポリネールなどが集まりました。

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