荒川ストーリー31 錦絵に見る荒川 風情のある江戸時代の隅田川

 錦絵に見る荒川 風情のある江戸時代の隅田川
 東武東上線鉢形駅徒歩20分 2013年6月16日(日)散歩
 埼玉県立川の博物館内
 埼玉県大里郡寄居町小園39


《 絵本隅田川両岸一覧 葛飾北斎 大正6年復刻 情緒的です 13.6.16撮影 》

 挿絵に錦絵が多く入れられ、江戸の風景に川と船は付きもの。



《 絵本隅田川両岸一覧 葛飾北斎 船頭の姿勢が見事です 》

 絵本隅田川両岸一覧は、北斎の盛りの作で、遠近法を取り入れ狂歌本にあう当時の隅田川周辺の風俗をよくあらわしています。



《 東都名所 永代橋深川新地 歌川広重 1835年 船が強調です 》

 東都の名所として、深川を南北で異なる歴史と文化を有し 下町情緒と未来が融合する水彩都市とイメージします。



《 東都両国橋夕すずみの景 歌川直政 1846年 迫力が巧みです 》

 両国橋は、隅田川をまたぎ、夏になれば花火や夕涼みでにぎわい、夕涼みのメッカとなっていました。



《 渡し船 1/10模型 平成8年 擦らないよう船底が浅いです 》

 渡し船は、船首が反り返り、船底は平らで川底に配慮した構造である。数センチの水深でも船行は可能だろうが、急流・強風では不安定です。



《 江戸鳥瞰図 高柴英 江戸時代 細部が特に詳細に分かります 》

<評価 55クラス>
 隅田川は、現在、荒川の支流だが、江戸時代は江戸周辺の荒川を漠然と隅田川と読んでいた。戦国時代以降に徳川家康が江戸へ移住すると江戸の町は大きく発展した。防備上で橋が制限されたこともあり、市街地を南北に分断する隅田川を渡るため多くの渡しが誕生した。渡しは増え続け、最盛期の明治時代初頭には20以上の渡しが存在しました。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

なるほど(納得、参考になった、ヘー)

この記事へのコメント


この記事へのトラックバック