法学 民法総則にみる表見的な外観を信頼した者を保護する規定

 民法総則にみる表見的な外観を信頼した者を保護する規定
 民法の指導原理と呼ばれる基本原則は3つあり、権利能力平等の原則、私的自治の原則及び所有権絶対の原則である。
 この中で、表見的な外観を信頼した者を保護する規定や、契約ないし合意の効力の相対性を示す規定は、主に私的自治の原則を修正するものである。
 近代私法においては、人の自らの欲するところに従って、財貨に関する人とのかかわりを決定する。人は国からの干渉を受けずに、自由に自身の創意と工夫により経済活動ができる。これが私的自治の原理である。
 この原則が高度化すると、取引の安全や円滑化がより要求され、外形を尊重する立場や契約の効力を制限する考え方が生まれる。
 これらの規定は物権編にもいくつか見られるが、総則に限ると以下のような規定が認められる。



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《 契約 未成年者・禁治産者・準禁治産者の取引は後から取り消し得る 》

1 行為無能力者と取引する相手方の保護規定
 (1)相手方の催告権(19条)
 無能力者制度は意思能力の無い者を定型化(未成年者・禁治産者・準禁治産者)して、これらに保護者をつけて能力不足を補うとともに、これらが単独で行った行為を取り消し得るとする制度である。
 無能力者が取消権を行使した場合、法律行為は遡及的に無効となり(121条)、外観を信頼して取引した善意の相手方保護の規定は設けられていない。
 これは民法が個人の意思を強調して、取引の安全よりも無能力者保護に傾き、財産所有者の安全を保護しようとしたからである。
 しかしながら、無能力者が取消権を有するのに、相手方にその行為の拘束力から脱する手段が与えられていないのは、相手方を極めて不安定な状態に置くことになる。そこで、19条は相手方に催告権を与えて、法律関係をすみやかに確定することを可能にした。
 19条  無能力者の相手方はその無能力者が能力者と成りたる後これに対して一ヶ月以上の期間内にその取り消し得べき行為を追認するや否やを確答すべき旨を催告することを得

(2)無能力者が詐術を用いた場合の取消権の排除(20条)
 民法がいかに個人の意思を強調して、取引の安全より無能力者保護を図ろうとしても、無能力者が詐術によって相手方に能力者と誤信させたような場合にまで、当該無能力者を保護する必要はないとし、取消権を行使できないとした。

2 法人の代表権の制限がある時の第三者の保護規定
 54条  理事の代表権に加えたる制限はこれを以て善意の第三者に対抗することを得ず
 理事の代表権は、定款・寄附行為または総会の決議によって制限ができるが(53条)、善意の第三者に対抗できない。なぜなら、理事の代表権は包括的であるのが建前であって、制限は外部からは分からないからである。

3 意思と表示の不一致がある場合の保護規定 
(1) 心裡留保(93条)
  心裡留保とは、表意者が表示行為に対応する真意がないことを自覚しながら、そのことを告げずにする単独行為で、表示どおりの効果が生じる。表示を信頼した物を保護する。
 ただし、悪意者または一般の注意をもってすれば知り得たはずだとみられるとき(過失)は、その意思表示は無効となる。

 (2) 虚偽表示(94条)
 虚偽表示とは、相手方と通じて行った真意でない意思表示をいう。無効であるが、善意の第三者に対抗できない。この場合、保護される第三者とは虚偽表示の当事者・一般承継人でなくして、意思表示の目的ないし効果について法律上の利害関係を有するに至った者をいう(最判昭42.6.29)。
 また、ここでの善意は過失の有無は問わない(大判昭12.8.10)。一般に外形を信頼したものを保護する制度は善意のほか無過失を要件とするが、この場合は虚偽表示の当事者自身が虚偽の外観を作った点を考慮して、第三者保護の要件が緩められている。

 (3) 錯誤無効(95条)
 錯誤とは、表示から推断される意思と表意者の真の意図するところに食い違いがある場合で、表意者自身それを知らない場合をいう。
 表意者を保護するため原則として無効であるが、法律行為の要求に錯誤がない場合や表意者に重大な過失がある場合は、相手方や第三者に無効の主張ができない。

 (4) 詐欺取り消し(96条)
詐欺とは、他人を欺罔して錯誤に陥らせ、それに基づいて意思表示をさせることをいう。
相手に対し表意者は取り消せるが、第三者が詐欺を行った場合の善意の相手方に対しては取り消せない。また善意の第三者には対抗できない。相手方保護、取引安全のためである。
 なお、意思表示に瑕疵がある場合に強迫による意思表示があるが、強迫の場合は詐欺の場合と異なり、常に取り消すことができる(96条Ⅱの反対解釈)。したがって善意の第三者は保護されない。
 詐欺の場合と異なった扱いがなされるのは、強迫の場合には強迫される側の帰責性がだまされる側に何らかの落ち度のある詐欺の場合より小さいから、一層表意者を保護する必要があると考えられたからである。

4 代理行為と表見代理行為の場合の保護規定
 代理の一部と表見代理に相手方保護の規定が見られる。

 (1) 代理行為の顕名主義(100条)
 100条  代理人が本人のためにすることを示さずしてなした意思表示は、自己のためにこれをなしたるものとみなす
 この趣旨は、無権代理の表意者が錯誤を主張して自己に効果が生じることを否認するのを封じ、もって表示を受ける相手方を保護することにある。

 (2) 無権代理の相手方の催告権(114条)
 無権代理行為は、本人が追認すると正当な代理権を伴ってなされた場合と同じ効果を生じさせることができる(113条)。しかしながら、追認することは本人の権利であり、相手方は追認があるかどうかあるいは拒絶するかどうか、不安定な状態に置かれることになる。そこで114条は、相手方は相当の期間を定め、本人に対して認否を催告できるとし、期間内に確答が到達しないときは、拒絶があったものとみなすとした。
 この催告権は、契約当時相手方が無権代理であることを知っていた場合にも認められる(下記(3)と異なる)。

 (3) 無権代理の相手方の取消権(115条) 
相手方は契約時に無権代理であることを知らなかった場合(過失の有無を問わず)に、本人の追認がない間なら当該契約を取り消すことができる。
 一方、表見代理制度は本来は無権代理行為であるものについて、そこでの無権代理人と本人との間の特殊な事情がある場合、無権代理人を真実の代理人と誤信して取り引きした相手方を保護し取引の安全を図るために、その無権代理行為をあたかも正当な代理行為であったかのように本人に対して効力を生じさせる制度である。

 (4) 代理権授与を表示した場合(109条)
 109条  第三者に対して他人に代理権を与えたる旨を表示したる者はその代理権の範囲内でその他人と第三者との間の行為につきその責めに任ず
 本条は、任意代理にのみ適用され法定代理には適用されないというのが通説及び判例である(大判明39.5.17)。法定代理の場合、代理人の選任につき本人の意思関与の余地がないからである。
 代理権を与えていないのに与えたように見せ(黙認を含む)た点に本人の責任があるとする。

 (5) 代理権の範囲内を越えた場合(110条)
 110条  代理人がその権限外の行為をなしたる場合において第三者がその権限を信ずべき正当な理由を有せしときは行為につきその責に任ず
 本条は、任意代理のみならず法定代理にも適用されるとするのが通説及び判例である(大連判昭17.5.20)。表見代理が成立するためには本人の過失等は要しないと解されており、また法定代理の場合であっても相手方の誤信を保護する必要性がないとはいえないからである。この場合、背信行為をするような人を代理人に選んだ点に本人の帰責事由があるとする。

 (6) 代理権消滅後の場合(112条)
112条  代理権の消滅はこれを以て善意の第三者に対向することを得ず。ただし第三者に過失ありたるときはこの限りにあらず
 任意代理のみならず法定代理にも適用がある(大判昭2.12.24)。この場合、消滅後も放置した点に本人の帰責事由があるとする。
< 結語 >
 市民社会において、私的自治の原則に任せると、取引の安全や円滑化が阻害される場合が生ずる。そこで、社会が高度化し、取引の安全や円滑化がより要求される場合に、外観を尊重したり合意の効力を制限する規定が必然的に生じたと言える。