散策 軽井沢を愛した作家 堀辰雄文学記念館

 軽井沢を愛した作家 堀辰雄文学記念館
 しなの鉄道線信濃追分駅徒歩10分 2009年8月9日(日)散策
 長野県北佐久郡軽井沢町大字追分662
 入館料400円
 木造2階建て
 昭和19年建築 


《 入口は旧街道追分宿の中心 周辺に風情のある旅館が多いです 09.8.9撮影 》

 堀辰雄に関する本館、常設展示棟、旧宅、書庫が点在する。風立ちぬが有名である。軽井沢で知り合い結婚した妻が肺結核となり、看病のかいなく、彼女が死ぬまでのあわく切ない回想である。山口百恵主演で1976年に映画化されています。



《 軽井沢は療養施設が多く風立ちぬのイメージが合います 》

 昭和初期に活躍した作家 堀 辰雄は、19歳の時に軽井沢を訪れて以来、毎年のように訪れ、軽井沢を舞台とした作品を多く残した。昭和19年からは追分に定住し49歳で亡くなりました。



《 当日チェロの生演奏があり芸大4回生の重低音が響きました 》

 一高在学中に室生犀星や芥川龍之介と知り合います。



《 堀の旧居宅 写真で見ると痩せていてやさしい感じです 》

 東京帝大国文科入学後、プロレタリア文学派と芸術派という、昭和文学を代表する流れの両方とのつながりを持ちました。



《 書庫棟 療養しながら執筆・読書したのでしょう 》

 1930年に聖家族で文壇デビュー。 このころから肺を病み、軽井沢に療養することも多く、そこを舞台にした作品を多く残しました。



《 蔵書も多い 芥川龍之介を慕いプロレタリアの影響を受けました 》

 奥さんも肺を病んでいたために、ふたりで入院。しかし、奥さんはその冬に亡くなる。この体験が、堀の代表作として知られる『風立ちぬ』の題材となりました。



《 若い文学者の面倒見が良く慕われていたという 》

 戦時下の不安な時代に、安易に迎合しない堀の作風は、後進にも多く支持されました。



《 敷地内に展示棟や書庫棟が点在し歩きながら見るのにちょうどよいです 》

 マルセル・プルーストやジェイムズ・ジョイスなどの影響を受けているという。



《 旧居宅 軽井沢の時間はのんびり流れたことでしょう 》

 主な作品 は美しい村(1933年)、風立ちぬ(1936-37年)、かげろふの日記(1937年) 、曠野(1941年) があります。



《 軽井沢の良さは避暑地としてさわやかな高原を味わえることです 》

<評価 60クラス>
 作家堀 辰雄の作品は残念ながら読む機会はあまりなかったが、軽井沢を愛したと聞いて身近に感じました。追分は軽井沢の華やかさはないが静かに暮らすには絶好です。軽井沢を愛する文化人は数多い。 西洋人が軽井沢を好んだことは知られているが、さわやかな気候と併せ西洋の進取な精神を感じるには適した場所です。記念館の隣りにおそば屋さんがありそば団子が安くて絶品でした。

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