私の気になる人 孤高の大名人 古今亭志ん朝

 昭和13年、東京生まれ。5代目古今亭志ん生(ここんてい・しんしょう)の二男。兄は10代目金原亭馬生(きんげんてい・ばしょう)。独協高卒。
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 大学受験失敗後の浪人中に父の勧めで落語家を目指す。57年に父に入門し、古今亭朝太で初高座。59年に二ツ目、62年に真打ちに昇進し、志ん朝を襲名。得意演目は「火焔太鼓」「愛宕山」「三枚起請」「文七元結」「お直し」「強情灸」「船徳」「明烏」など多数。
 同年に東映「歌う明星・青春がいっぱい」で初映画、芸術座「寿限無の青春」で初舞台。63年からフジテレビ「サンデー志ん朝」やラジオ番組の司会も務めた。ふりかけ「錦松梅」やサントリーモルツなどのCMにも出演。72年に芸術選奨文部大臣賞、75年に放送演芸大賞、80年にゴールデンアロー芸能賞を受賞。96年に落語協会副会長に就任。

志ん朝対談
 志ん朝はCD化を嫌ったと同じく、自著作といえるものがない落語家でした。たとえば立川談志は若いころから落語論を書きまくっていますが、志ん朝は落語の面白いのは「たぬきが出てくるから」などと言ってケムにまいている。たぶん、そういうことは野暮だし言いたくない、というものがあったのでしょう。

 志ん朝についての本は、いくつか出版されていますが、写真集『志ん朝の高座』と本書は価値ある二冊です。特に本書は、志ん朝の芸談というものが垣間見られる数少ないものであろうと思います。白眉は中村勘九郎(現勘三郎)との対談。以下は文七元結についての会話です。(一部略)

勘九郎   あとで金も娘も返ってくるともう角樽の酒飲んで騒いでいる、というふうなのが長兵衛だと思う。
志ん朝   そうです。
勘九郎  でも円生師匠のだと、人を助けていいことをした、酒も博打もやめていいおとっつあんになる、って感じに聞こえる。
志ん朝   非常にまじめな好みですね。テメエの娘を吉原に置いてきた金を人にやれるわけがねえ、という人もいるけど、しかし長兵衛はやっちゃう人なんですよ。娘はたとえ泥水につかっても死なねえが、おめえは今死ぬって言うからやるんだ、という単純な割り切りね。
勘九郎  うちの親父にしろ、お父様にしろ、あの場合だったら絶対金投げ出しますよね。発作的だから。
志ん朝  そう。こまっけえところにすごく細かくて、でっかいことになると発作的になる。だから批判したほうがもう一つ深く考えてないんだよね。
しかしいいねえ、こんなこと言ってられるんだよ、われわれの商売は。
勘九郎  アハハ、ほんとだ。
志ん朝  楽しいじゃないですか。人間を追求して、突き詰めて・・・結構な生業ですよ。

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