労働 危険物事故の現状と安全対策の意義

 人的被害の少ない事故対策に向けて
 1 緒 言
  危険物とは、一般に、毒物や劇物あるいは高圧ガスなど取扱いを誤ると大きな災害を発生するおそれのある化学物質を指すことが多いが、法的な用語としては消防法において、ガソリン・灯油など火災危険性の高い物品の呼称として定められている。
 消防法上の危険物(以下「危険物」という。)は、事業所等において幅広く利用されている物品のうち、火災発生の危険性が高い、あるいは火災の際に消火困難性が高いなどの性状を有する物品であって、その貯蔵・取扱い及び運搬について、消防法で規制されている。具体的には、ガソリン・灯油・軽油・硫酸・油性塗料等が対象となる。
 危険物施設の事故は、火災予防上の観点から、火災だけでなく危険物の漏えい事故も含まれ、近年、増加傾向にあることが懸念されている。


《 危険物は法的には危険なものという意味ではなく火災危険性の高いものです 》

 消防庁の調査(1)によると、危険物施設の火災・漏えい事故件数は、平成6年から明確な増加傾向を示し、平成12年から500件を超える高止まりとなり、平成15年には540件と統計開始以降、最高を記録した。
とくに、平成15年は、企業の施設火災が多発した年といわれ、8月にエクソンモービル㈲名古屋油槽所、9月に新日本製鐵㈱名古屋製鐵所、㈱ブリヂストン栃木工場及び出光興産㈱北海道製油所など、我が国を代表する企業において火災事故が続発した。
 とりわけ、㈱ブリヂストン栃木工場及び出光興産㈱北海道製油所の火災は、鎮火までに長時間を要し、施設周辺の住民生活に大きな影響が生じたといわれている。
 このような危険物施設の事故を防ぐには、発生した危険物事故を調査・分析し、的確に危険要因を抽出するとともに、危険物事故や事故防止に関する情報を広く収集して、関係者にフィードバックすることが重要である。
 事故の主な原因として、危険物施設における管理・確認の不十分等の人的要因をあげることができるが、人的ミス(労働者の過失等)を皆無にすることは困難と思われる。
これからの事故防止対策は、人的ミスを極力削減する対策を図るとともに、ある程度の人的ミスの発生を考慮に入れ、どのように被害を最小限に防止するかの方策が必要になると考えられる。
 本稿では、近年の危険物事故の現状を調査し、人的被害と物的被害の発生状況を解析するとともに、人的ミスの発生を考慮にいれた危険物施設における事故防止対策のあり方を検討した。

 2 危険物事故の現状と傾向
(1)危険物施設における事故件数の推移
 危険物施設(2)における事故は、火災(爆発を含む。)と危険物の漏えいに大別される。

図1 危険物施設における火災・漏えい事故件数の推移

 図1は、平成6年から平成15年までの危険物施設の火災及び漏えい事故件数の推移を示したものである(3)。平成6年から火災及び漏えい事故を合わせた総事故件数は増え続けており、とくに平成15年には過去最悪となる540件を記録した。
 平成6年からの9年間で、漏えい事故件数は約2倍、火災事故件数は約1.7倍にそれぞれ増加したことがわかる。

(2)火災事故と被害状況の推移                    
次に、危険物施設における事故を火災と漏えいに分け、それぞれの被害状況を死傷者数と損害額について検討する。

図2 危険物施設における火災事故件数と被害状況

  図2は、平成10年から平成15年までの6年間の火災事故件数と被害状況の推移を調べたものである。図2によると、火災事故件数は6年間で157件~194件の範囲で、平成15年は188件であった。火災事故件数はそれほど大きな変動はないが、やや増加傾向にある。死傷者数を見ると、死者は平成15年は大事故が続いた関係で22人と多いが、他の5年間は1人~6人であった。負傷者は45~60人と高い数値で安定している。
  一方、損害額は、火災事故件数や死傷者数に比べ変動が著しいものの、平成13年から最近は、低い傾向を示している。このことは、火災事故件数や死傷者数は一定の割合であるものの、物的損害は抑制されつつあると考えられ、火災に対する被害拡大の防止体制が、近年整いつつある現れと推定できる。

(3)漏えい事故と被害状況の推移
平成10年から平成15年までの6年間の漏えい事故件数と被害状況の推移を調べると、図3のようになる。

図3 危険物施設における漏えい事故件数と被害状況

  図3によると、漏えい事故件数は6年間で269件~352件の範囲で、平成15年に352件と過去最悪を記録した。漏えい事故件数は、火災事故がやや増加程度にあるのに比べ、明確な増加傾向を示している。近年、懸念されている地下タンクの漏えい事故の増加(4)を反映した結果と推定される。
  死傷者数では、死者は0人~3人、負傷者は12人~41人となり、火災事故に比べ少ない傾向を示した。これは、漏えい事故は火災事故に比べ、危険物が過熱などにより人に直接的に接触することにより被害が生ずるため、災害の範囲がある程度限定される傾向にあるためと推定される。
  一方、損害額は、漏えい事故件数や死傷者数に比べ変動は著しいが、平成13年以降の3年間は平成10年~12年の3年間の半分程度に減っており、明確な減少を示している。
このことは、漏えい事故は、火災事故と同様に物的損害は抑制されつつあると考えられ、漏えい事故に対する被害拡大の防止体制が、近年整いつつある現れと考えられた。

 3 事故の発生原因と再発防止
(1)事故の発生原因
  平成15年中に発生した危険物施設における火災事故の発生原因を、人的要因、物的要因及びその他の要因に区分すると、人的要因が58.0%(109件)と最も多く、次いで物的要因が23.0%(43件)、その他の要因(5)(不明、調査中を含む。)が19.0%(36件)となった(6)。
  一方、漏えい事故の発生原因は、火災事故と同様に区分すると、人的要因が48.6%(171件)、物的要因が37.8%(133件)、その他の要因(7)が13.6%(48件)となった(8)。
  火災事故及び漏えい事故とも、人的要因が物的要因を上回った。人的要因は、具体的には、人の施設操作における①管理不十分(本来すべき保安管理が不十分)、②誤操作、③確認不十分、④不作為(本来すべき操作をしない)等である。物的要因としては、施設や機械の安全面における①腐食劣化、②設計不良、③故障、④施工不良、⑤破損等である。
  このように、事故の原因が施設や機械の強度等の安全対策より、施設操作における人的要因(ヒューマン・ファクター)が多くを占めたことは、ソフト面での対応の重要性を再認識させる結果であった。
 このため、危険物施設を管理する事業者や規制する行政の安全政策においても、施設や機械の安全強度等の対策と並んで、運転管理・事故対策における人為的ミスを防止するための設計や管理がなされているかを、チェックしていくことが重要な課題になると考えられる。

(2)事故防止対策の動機
 危険物施設における事故が、主に人的要因によって発生することが明らかになったが、しかしそれは単に、労働者や使用者の不注意という主観的要素で事故が発生するということを意味するのではない。 
事故や災害は、常に労働者に対する生命や身体の侵害危険性を伴う。自身の生命や身体の安全は、労働者が人間として最大限配慮する命題であり、注意の励行が期待される。他方、使用者にとっても、貴重な労働力の逸失や物的損害を伴うため、注意の励行は十分に期待できる。このように、危険物施設における事故は、労働過程において労働者と使用者が、注意を最大限励行した上で発生してしまう回避が困難な事象といえる。

(3)人的要因の内容
人的要因の具体的内容は、人の施設操作における管理不十分、誤操作、確認不十分及び不作為等であることは前述したが、これらはいわば人の安全行動に対するミス(間違い)である。間違いが起こる理由はいくつかあるが、たとえば、注意不足や熟練の欠如、労働環境の不適合が考えられる。これらは労働に対して注意義務を果たし、忠実に向かおうとする人であっても、日常の疲労や体調不良によって程度の差こそあれ、容易に陥るミスといえる。
一般に、事故が発生する場合にはこの人的要因であるミスが単独あるいは複数発生し、労働工程の一時的な不具合と重なって、事故や災害が起こると説明できる。このことは、具体例を見ると分かり易い。たとえば、タンクに送液中に持ち場を離れたため、オーバーフローしたという事故であれば、人的要因は送液中にゲージを見ていなかったことや戻り配管の詰まりを確認しなかったことであり、施設の不具合は、満液時にフロートスイッチが送液停止に働かなかった場合などがその分かり易い例である。

(4)事故発生と再発防止 
このように考えると、事故はある一定の条件のもとに、ある一定の確率で発生する不測の事態と考えることができる。事故発生を統計的に起こりうると考えることは、非常に重要であって、労働工程における動作を、絶対に事故が起きないと思って安易に行うことは、動作に対する注意が不足することであり、動作に対する知識の欠如を生むことにもなる。 事故発生が確率の錯誤によることは、次のようなエピソードが分かり易い。
筆者は、次のような官僚出身の国会議員の体験談の披露を経験した。『 私は、国にいたとき、現場に積極的に足を運んだ。海洋調査の時には、風が強く地元の漁師が出漁を見合わせていたが、私は積極的に船を出し海洋調査を成功させた。』と報告があった。
 これは、議員の意気込みを披露したものとも思えるが、事故発生をある確率で発生する事象と考えると見る角度が異なってくる。たとえば、風が強いために船が転覆し死亡事故が発生することを、確率で考えれば1%であったとする。1%であれば、その時、議員が出漁した時に死亡事故が発生することはまずないといえる。
 しかし、地元漁師が出漁する場合は異なる。漁師は毎日の仕事であり、1%の確率であっても、その条件で出漁を100回行えば、1回は死亡事故に遭遇することとなり、漁師の将来はその時から皆無となるところであった。この場合、出漁を回避した漁師の判断は正当であったといえる。
危険物施設においても同様であって、滅多にない1%の確率の不具合であっても、動作を100回繰り返せば、あるいは100人が同時に動作すれば、統計上1回は必ず起こるトラブルとなり、もし死亡事故につながるものであれば、その動作を回避する判断が必要であったことになる。

 4 今後の事故防止対策に向けて
(1)安全管理のための組織体制づくり
 いままでの検討で、危険物施設の事故は、主に人的要因によりある一定の条件のもとに一定の確率で発生することが考えられた。その意味で、事故は不可避的な事象として対処することが必要となる。
 事故は、労働危険に起因するものであるから、事故対策の責任は一義的には使用者にある。労働者と使用者の関係においては、使用者は強制的な権限を有し、職務上命令権者の地位にあるといえる。
 一方、労働者からみれば事故は自分の生命・身体に係る問題であって、ただ使用者の安全対策にのみ期待をかける訳にはいかない。とくに、企業論理(採算性)により新しい技術や生産工程が導入される場合は、労働者は企業の利潤追求の姿勢に抗しながら、安全対策の主体として使用者側に積極的に自己の考えを主張することが必要である。
 しかしながら、使用者と労働者の関係は、一方的な雇用関係にある場合が多く、また日常の業務に忙殺されるため、労働者側から安全についての基本的方針や具体的プランが提示されず、労使双方の安全対策委員会等においても企業論理に基づく対費用効果の範囲にとどまり、積極的な安全対策にならない危険性があるといえる。
実効性のある安全対策には、個人単位でできることは限度があり、組織全体としての体制や姿勢を充実させる必要がある。
 具体的には、以下の体制づくりが必要と考えられる。
 ① 企業のトップが指揮を執り、安全担当だけでなく、労働者の生命・身体に係ることはすべての部門に関係するという認識を持ち、組織全体で取り組む。
 ② 安全規則に違反する背景として、安全規則に対する理解不足や、皆が平然と規則違反をし、それを平然と見過ごす職場の心理的雰囲気がある。これを防ぐには、規則違反を絶対に許さないシステムづくりと規則の根本を教育する場が必要である。
 ③ ひとつの企業にとって事故は数が少ないため、情報の共有化を図ることである。事故の分析には、事故だけでなく役職に応じた危機管理訓練の実施などが必要と考えられる。これらの体制の充実には、行政介入を図る法整備も同時に重要である。

(2)人的被害の阻止を優先する事故防止対策への移行
事故防止対策の責任は、一義的には使用者にあることは前に述べた。しかし、使用者は企業論理に基づき、安全対策を企業経営と比較考量し実施する傾向を有することは警戒する必要がある。そのためには、法律あるいは行政の規制対象をどの範囲までにするかの検討が重要である。
消防法の規制は、本来、必要最小限である。憲法22条(9)は、事業者の営業活動を保障する規定とされているが、公共の福祉に反する場合に制限を受ける。危険物施設における事故は、人の生命・身体や財産をき損する恐れがあり、公共の福祉に反するため、法による制限を受けるといえる。
ここで、危険物施設における事故に対して人の生命・身体のき損と財産の損害を一様に対応すべきではないと考える。最近の危険物施設における事故件数と被害状況は、図2及び図3で検討したが、事故対策の効果が結果として損害額の減少により現れているように認められた。
 しかしながら、損害を人の生命・身体のき損と財産の損害に分けて考えると、人の生命・身体のき損は不可逆な最大の人権への侵害であり、財産の損害は人権への侵害ではあるが、労働力が確保されれば復元可能な損害である。このことから、使用者及び行政においては、人の生命・身体のき損の防止に対して、物的損害に優先して積極的に最大限の安全を図るよう再認識すべきと考えられる。
 逆に、施設等の財産の損害は、本来、事業者の経済的自由権の裁量が認められるべきであるから、ゆるやかな規制を適用し、企業活動を阻害すべきではないと考える。
 その結果、危険物施設においては、人の活動する場所・範囲には法律あるいは行政は積極的に介入し、人の生命・身体を厳重に安全確保する。一方、人のいない場所・範囲には規制を緩和し、企業の自主的な管理体制を促進し、経済的自由権を保持する対応が必要に思う。このことは、安全対策において人の生命・身体のき損と財産の損害を区別して、二重の基準づくりを考えることであり、実効性のある安全対策を構築する具体的方策と考えられた。

 5 結 語
 危険物施設における事故の原因は人的ミスが主要因であるといわれ、実効性のある事故防止対策のためには、人的ミスを考慮にいれた対策が必要であると考える。
 本稿では、最近の危険物事故の現状を分析し、事故の発生状況と人的ミスの関係を考慮し、実効性のある事故防止対策を検討した。
 その結果、今後の事故防止対策は、大きく二つの体制づくりが必要と判断された。一つは企業のトップが指揮を執る組織的な安全管理体制の確保が重要と考えられた。二つ目は、人の生命・身体のき損と財産の損害を区別して基準づくりを考え、人的被害の防止を積極的に優先する基準(二重の基準)が実効性のある安全対策であると判断された。

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