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zoom RSS 拝見 攻めにくく守りやすい城 忍城

<<   作成日時 : 2010/02/03 06:53   >>

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 攻めにくく守りやすい城 忍城(おしじょう)
 秩父鉄道秩父本線行田市駅徒歩15分 2010年1月20日(水)拝見
 昭和63年復元
 埼玉県行田市本丸17-23
 廃城年1871年


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《 天守構造が復元されたが外観や構造に根拠はない 》

 天守は、模擬御三階櫓として建てられた。


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《 屋根の鬼瓦に三つ葉葵の御紋が見える 》

 江戸時代には忍藩の藩庁が置かれた。


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《 大屋根の下に波型が両端に波及する装飾 》

 別名は忍の浮き城、亀城。


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《 構造を単純化し三重の屋根構造にしている 》

 湿地帯を利用した平城であった。


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《 天守の鯱鉾(シャチホコ)は無理に付いている雰囲気 》

 *平城(ひらじろ)は、平地に築かれた城をいう。戦国時代以前は山城が中心である。


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《 当時の城はほとんど破壊され、城跡は忍公園として整備 》

 もともと沼地だったところに島が点在する地形だったが、沼を埋め立てず島に橋を渡す形で城を築いた。


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《 藩校進修館の門が南側に移築された 》

 当初は櫓を立てずに本丸は空き地とし、二の丸に屋敷を作ってそこを住まいとしていた。


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《 瓦に至る所三つ葉葵の御紋が印してある 》

 *ニの丸とは、城の本丸の外側を囲む城郭。本丸、二の丸、三の丸と続く。


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《 当時のものは周囲に土塁の一部が残存している 》

 そのため、攻めにくく守りやすい城であったとされる。


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《 新しい瓦には勾玉を描いたような三つ巴の紋様 》

<評価 50クラス>
 行田市には、大字埼玉(さきたま)という地名があり、埼玉県という地名の発祥地であるとされる。室町時代に忍城が築かれ、成田氏を中心とする武士団の本拠地として勢力を拡大した。 忍城攻めに何度かあっているが落城せず、攻めにくい城として知られるようになった。

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