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zoom RSS 発見 小貝川べりに突然現れる 豊田城

<<   作成日時 : 2010/01/02 09:11   >>

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 小貝川べりに突然現れる 豊田城(地域交流センター)
関東鉄道常総線石下駅徒歩10分 09年12月29日(火)発見
 常総市新石下2010 平成4年開館 
入館料400円


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《 県道を筑波方面に走っていると突然左側にうす緑の巨大な城が見える 》

 この城は模擬天守で、正式名称は地域交流センタ-。


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《 立派な城である 最上階の高欄から筑波山、富士山、日光連山が見える 》

 この一体を支配した桓武平氏一族の豊田氏が築いた城が豊田城と呼ばれていたため、この名称が付いた。


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《 唐破風 五層で七階建ての城で大阪城のような造り 》

 当時の豊田城は、このような天守閣ではなく、カヤ葺きで小貝川の水を要塞としたものであったとされる。


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《 正面から見ると巨大さが分かる 》

 天守閣(48m)の右に付け櫓、左に渡櫓と大きめの櫓(やぐら)を配す。


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《 天守閣の側に櫓(やぐら)を配置する 》

 1階は取り付け格子で敵襲に備え、侵入を防ぐ。


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《 入母屋破風が大きく中から外が見える 》

 エントランスに、ナウマン象の化石がある。1階の奥は多目的ホールになっている。


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《 御影石(花崗岩)を使った石垣風 》

 3階は歴史コーナー。原始時代から現代に至るまで、石下の歴史が紹介されている。



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《 1階ロビー 内部は城の要素はまったくない 》

 人形のジオラマがたくさんある。縄文人や江戸時代の農民である。


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《 1階ひさし部分 城の延長で木製で作られている 》

 戦国時代の古間木城のディオラマが面白い。最上階には高欄(ベランダ)がある。


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《 魔除けの紋様として旧石下町の石の文字が入っている 》

<評価 55クラス>
 旧石下町はイシケマチと呼ばれ、イシは砂河原、ケは作物・食物の意味があり、農耕に適した土地であったことが考えられるという。合併し常総市となったが、古くは平安時代中期の関東の豪族平 将門など板東武士発祥の地として、街興しを図ったのだろう。小貝川や国道沿いなど各所に櫓(やぐら)風倉庫が点在している。
 風景としては唐突な感じではあるが、豊田城にある程度の根拠があり、地域の景色に合っていれば、街興しの意義は認めてよいだろう。

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