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zoom RSS 探訪 横浜山手公園の白亜ロッジ テニス発祥記念館 

<<   作成日時 : 2009/06/24 07:07   >>

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 横浜山手公園の白亜ロッジ テニス発祥記念館
JR京浜東北線石川町駅徒歩10分 09年6月19日(金)探訪
 平成10年建設。テニスは明治9年に横浜に上陸。


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《 山手公園に入るとすぐ右に白亜の記念館が見えてくる 》

 建物はバンガロー風の外観で木造2階建て。


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《 眼下にたくさんのテニスコートと打ち合う歓声が聞こえる 》

 1階が展示室。日本で最初のテニスクラブが誕生したことを記念して山手公園に建てられた。


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《 中をのぞくとどうやら1階は展示、2階は事務室らしい 》

 山手公園は明治3年に横浜居留外国人によってつくられた日本初の洋式公園。


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《 淑女のスポーツからスタート 最初は手袋打ちの延長 》

 明治11年に、山手公園内にわが国初の婦女弄鞠社がつくられ、現在の横浜インターナショナル・テニス・コミュニティーとなっている。


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《 木製のラケットの一覧 木枠が変形しないよう昔は固定器具で挟む  》

 展示室にはラケット以前の皮手袋・バンブーラケット・女子チャンピオンプレート・最も古いテニス道具一式など希少価値の高いものが数多く展示されている。


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《 木ラケットコーナー つい数年前まで木も使われた 》

テニスらしきものは、中世フランスでコートテニスとよばれる室内でのスポーツが宮殿や僧院で行われていた。


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《 初期の変形ラケット 地面際のボールを拾えると考えた 》

 その後、改良してイギリスで、1874年屋外の芝生でおこなうローンテニスをつくられた。


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《 古代ローマ時代に素手で固いボールを打ち合うゲームがあったという 》

1877年にウィンブルドンのクラブがこれをとりいれて、第1回の大会が開かれた。


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《 ハードになるとテニスは過激だ 特にサーブは年をとると負担が大きい 》

<評価 65クラス>
 日本のテニス発祥が横浜とは十分予想される範囲だ。今でも打ち合えそうなラケットが実は100年前のものだったりして実に歴史を感じる。おしゃれな横浜らしく記念館もクラブハウスに見える。平成10年建築なので古くはないが、民間が飾り気無く造った感じが親しみやすくてよい。

 


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