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zoom RSS 探訪 憧れの芥川龍之介を訪ねて 田端文士村記念館

<<   作成日時 : 2008/02/29 00:37   >>

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 憧れの芥川龍之介を訪ねて 田端文士村記念館 
 JR山手線田端駅徒歩1分 08.2.26 探訪
 東京都北区田端6丁目1−2

 平成5年開設 田端には、明治に小杉放庵、板谷波山、吉田三郎、香取秀真など、芸術家たちが転入。
画家を中心とした”ポプラ倶楽部”も誕生するなど、芸術家村だった。

 大正3年、学生・芥川龍之介が転入、5年には室生犀星も田端に移り住み、競うように作品を発表した。二人を中心に、やがて菊池寛、堀辰雄、萩原朔太郎、土屋文明らも田端に居を構え、大正から昭和の初期にかけて、田端は〈文士村〉となった。

 記念館には、文士芸術家村の開祖にあたる、板谷波山、小杉未醒(放庵)、吉田三郎などの芸術家の作品と、芥川龍之介など文士の書簡、原稿、初版本などを展示。



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《 芥川の業績を展示する地味すぎる田端文士村記念館 08.2.26撮影 》

 芥川龍之介
 (明治25年〜昭和2年)小説家  東京・京橋出身。大正3年、一家で田端435番地に新築転入。東京帝大時代、久米正雄、菊池寛、山本有三らと「新思潮」(第3,4次)を創刊。夏目漱石の木曜会に出席して、漱石門下となる。「羅生門」「鼻」「手巾」等を次々と発表、一躍文壇の寵児となる。

 一ノ宮、鎌倉、横須賀、鵠沼にも住んだが、大正8年、田端に戻り本格的に文筆活動を展開。(書斎『我鬼窟』)後に『澄江堂』と称す。

 また、瀧井孝作(折柴)、室生犀星らと俳句もつくった。たぐいまれな才気と下町人特有の世話好きな性格は多くの人々を惹き付け、田端を「文士村」とする。昭和2年7月「唯、ぼんやりとした不安」という言葉を遺して自らの命を絶った。



画像
《 文士も才能を慕う稀有の秀才 憧れの芥川龍之介 》

 <評価45クラス>
 きら星の才能を放つ芥川龍之介は、文士の間にも慕われていた。芥川の記念館がないのは寂しい。ぜひ、メセナやスポンサーが出現することを祈る。縦横無尽の文体は、若気の気概が満ちあふれ爽やかさを誘う。館には大胆な変革を望む。

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